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資本のお金と交換のお金 過剰と過小

2011/09/28 11:10
 お金に資本のお金と交換のお金があることを言いました。どちらも同じ円(¥)やドル($)なのですが、使われる時に何を見返りに求めているかが違うのです。

 資本のお金は、使われても姿を変えるだけです。帳簿の上にはずっと残っています。株式を発行して資金を集め、それを設備や運転資金に使っても、資本金がいくらであるかはずっと帳簿に残っています。株式、貸出・借入金、公社債などがこれに相当します。
 交換のお金は、モノやサービスと交換します。使ったら、自分のところには残りません。かわりに、食料や衣料品などが手元に残ります。

 資本のお金と交換のお金が、それぞれ世の中に多すぎるときと、少なすぎるときを表にしました。

            過剰      過少

  資本のお金   バブル     生産減退

  交換のお金   インフレ    デフレ

 資本のお金は、主に銀行貸し出しが行われるときに生まれます。交換のお金は主に賃金が支払われるときに生まれます。

 90年代以降、日本でも欧米でも、経済危機を招いているのは、バブルが原因です。資本のお金の過剰なのです。

 資本のお金が余ったとき、資本のお金は消費するわけにはいかないお金ですから、運用を考えます。モノを買いあさっても、保管が大変だし、換金するのに苦労します。そこで、換金しやすく保管にこまらない、債券、株式、証券化された商品などに資金が集まってきます。それで、債券、株式、商品相場が値上がりします。それは、実態を伴わず、お金あまりだけが原因のバブルです。

 いっぽう、資本のお金がいくらダブついていても、生活資金と実質投資が増えなければ物資の値段は上がりません。それで、インフレにはならないのです。とくに2000年代は、中国と東欧が生産工場として世界経済に参入してきましたので、ずっと供給過剰気味で、モノの値段が抑えられていました。

 低金利=お金の供給過剰=物価上昇という図式があり、多くの人が信じています。しかし、政府・中央銀行が金利を下げてお金の供給を増やすと、バブルは起こるがインフレは起こらない。それが、成熟した経済の国々で起こっていることです。
 現在、金利操作は、バブルを生じさせたりはじけさせたりするのにだけ効果を上げています。お金は偏在していて、資本のお金だけが増えているのです。

 バブルとデフレが共存する、ということは起こり得ます。日本の現在はそんな状況です。不動産バブルははじけましたが、株式はバブル前の水準よりまだ高いですし、国債をはじめとした債券の低金利は、債券バブルが起こっていることを示しています。
 これはつまり、お金が偏在していて、資本のお金は多すぎてバブルを起こしているけれど、交換のお金は少なすぎてデフレを起こしているのです。

 交換のお金とのバランスが悪いと、資本のお金も価値を保てません。モノやサービスを買ってくれる人たちがいるから、投資したお金は回収でき、利益も上げられるのです。投資して回収される見込みがないなら、むなしく債券や株にお金が集まって、バブルを起こすのです。


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恐慌の崖っぷち

2011/09/25 10:59
 2011年9月下旬現在、世界経済が恐慌の崖っぷちにいます。ユーロ危機が燃え広がれば、世界全体に連鎖倒産と失業の波がひろがります。このまま恐慌にまで進むかもしれませんし、なんとかなるかもしれません。それはわかりません。
 リーマンショックの時のことなど思うと、けっこうしぶとく持ちこたえる可能性が強いかと思います。ギリシャに対して、ユーロを離脱するか財政自主権を放棄するかのどちらかだ、と迫る手段は残っています。あるいは、ドイツが、自国がボロボロになる覚悟を決めれば、ユーロを救えます。欧州中央銀行が、アメリカの連邦準備銀行みたいに不良債権の大量買い取りをやると決めれば、2,3年の延命はできます。
 しかし、ユーロはアメリカのドルと違って、財政も政治も寄せ集めなので、策を決断できないままずるずると危機に突入してしまう可能性もあるか、とも思います。

 この経済危機は慢性病です。急に起こった病気ではありませんし、急に良くなることもありません。世界経済は、ずっと崖っぷちを歩いているのです。たまたま、ギリシャ国政府が借金(国債)を返せなくなるというわかりやすい症状が出ただけです。
 現在世界中で、返せっこない借金をしこたま抱えた国や企業がたくさんあります。そういう国や大企業のどこかが「もう返せない」というと、そこに貸している金融機関が倒産する。そうすると、取り付け騒ぎが起こるし、誰もが早いうちに債券を回収しようとする。それでまた、たくさんの倒産が起こる。そういう連鎖反応です。

 どうして、返せっこない借金を抱えた国や企業がたくさんできるのか。
 原因は不動産バブルと株式バブルがはじけるためです。先進国では、お金が作られすぎたときインフレは起きません。かわりにバブルが起きます。ところがバブルを精算するのが難しい。貸し倒れを処理しようとすると大銀行が潰れて恐慌になる。それで、返済の見込みがないのに追加の融資をして企業と銀行を生き延びさせる。そのため、不景気が長引く。
 日本のわれわれが、この20年で、たっぷり経験してきたことです。

 国は、直接にはバブルに関係していませんが、バブルで起こった不況をなんとかしようと国債を発行して無理な支出を行い、財政を苦しくしていきます。バブルというバクチで負けたツケを、国が払ってやっているようなものです。でも、恐慌と失業には耐えられないから、しょうがないのです。

 バブルはマネーゲームです。マネーゲームは、奪い合いをしているだけのゼロサムです。それより、すべての人の生活水準を上げ、住みやすい環境を創り、福祉や教育を充実させたほうがよほどお金が生きます。みんなが豊かな生活ができます。企業にとっても、もっとも望ましいことは、みんなが豊かであってモノを買ってくれることです。

 お金の循環が滞りマネーゲームを起こしてしまう根本的な原因は、生産に対してはいくらでもお金が流れるのに対して、個人の生活費は企業のおこぼれとしてしか回らないことと、福祉・環境・教育などを充実させるための資金が足りないことです。お金の行き場がなくなって、マネーゲームに走るのです。

 ほんとうに豊かな生活をするのに必要なものに対して、お金と労力が注ぎ込まれるようなシステムを作るには、どうしたらよいか。われわれは、その問いに直面しているのだと思います。
 この問いに答えないならば、経済危機の対策は弥縫策に終わるし、たとえ乗り切ったとしても、また同じことを繰り返します。

 ベーシックインカムは根本的な答えの一つです。

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資本のお金と交換のお金 比率

2011/09/23 00:46
 4月に、お金には「資本のお金と交換のお金」があり、今の日本で資本のお金はたくさんあるが、交換のお金が不足しているのだ、ということを述べました。それを数字にしてみます。

 交換のお金はGDPを考えます。GDPは、実際にモノやサービスとの交換に使われたお金の総額です。すべての人の支出の合計なのです。
 資本のお金は、金融資産全体を考えます。

 金融資産というのは、一口で言えば人々が持っているお金の総額です。ただし、現代では「お金」といっても現金とは限りません。現金だけでなく預金も「お金」です。預金のままで、支払いができます。
 貸したお金も、自分のお金の一部です。社債や国債などの債券類も預金みたいなものです。株式も、値段の変動はありますが、いつでも換金できる預金みたいなものです。保険や年金の積立金も、いつか返ってきますから、預金のようなものです。これらすべてをまとめて金融資産と呼んでいます。

(兆円) GDP   金融資産  GDP/金融資産
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 1970   73     296      0.247
 1980   243    1501     0.161
 1990   443    4456     0.099
 2000   503    5635     0.089
 2009   471    5508     0.086

 70年には、金融資産に対するGDPの比率は高かったのでしたが、どんどん下がっています。この様子を、グラフにしてみました。1970年に約0.25だった比率は、70年代と80年代にどんどん低下します。70年にはGDPを稼ぎ出すのに、GDPの4倍くらいの金融資産があれば足りていました。
画像


(国民経済計算年報 平成22年 より)

 この間、GDPも増え続けていましたから、この比率低下は、金融資産の伸びがGDPの伸びよりはるかに大きかったことを示しています。
 この時期は、高度成長が終わって安定成長期になりました。利益率の高い投資が減りました。また、値上がり益を目的として不動産と株式に対する投資が多くなります。不動産と株式に対する貸し出しが増えて、お金の総量はどんどん増えたのですが、経済活動そのものはそれほど増えていなかったのです。

 1990年、バブル崩壊によって、この比率低下は終わりました。不動産と株式を買うための銀行貸し出しが増えなくなりました。そのためお金の総量が増えるということがなくなりました。しかし、比率は元には戻りません。資産の価値を保つため、低金利政策で、お金の総量が減らないようにしているのです。

 現在のお金のかなりの部分は、経済活動による収入とはあまり結びつかずに、貸し出しや不動産や株や債券になっています。しかし、生産活動を維持するのに、こんなに金融資産は必要ありません。貸し借りが水ぶくれしているのです。たとえば、税収の20年分も発行された国債は、水ぶくれ状態です。
 現代のお金は、貸し借りの関係を元にしています。貸し借りの、貸しのほうをお金と考えているのです。お金が価値を持つかどうかは、借りのほう、つまり貸し出しや債券に、資産や収入の裏付けがあるかどうかなのです。

 銀行貸し出しによってお金が増えるシステムでは、金利をいくら下げても、資本のお金しか増えません。不況下では、生産活動や収入の増加に結びつかないのです。交換のお金、つまり生活のためのお金は、増えないままです。

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現代のお金

2011/09/18 05:49
 現代のお金は、金貨や銀貨を作ってそれを発行するシステムとはまったく違います。
 現代のお金は、預金や証券を、そのまま人から人へと流通させているものです。

 現代ではお金が生まれるのは、銀行が貸し出しをしたときです。貸し出しがあると、借り手の預金口座の数字が増え、それに見合った返済約束が生じます。増えた預金口座のお金は、それから支払いに使われて流通をはじめるのです。たいていは、預金口座のまま流通します。一部は日銀券の形になって、買い物に使われます。
 貸し出しが返済されるか、貸し倒れになると、お金の総量が減ります。

 現代のお金は、政府が一定額を発行して流通させているのではなく、市場で生まれて、膨らんだり縮んだりしています。

 このような、経済の実態に応じて伸縮するお金のシステムがあるのに、消費者には賃金というパイプでしかつながっていません。
 経済活動をしていれば、どうしても貧富の差が生じます。不況で失業者が増えることもあります。そうすると、いっそうモノが売れなくなって、また失業者が増えるという悪循環が生じます。そこから、すべてが破綻してしまうのです。それは実際に何度も起こってきました。

 経済活動は、生産と消費の両面がバランスして成り立ります。
 ベーシック・インカムは、「生活費が安定しない」とう問題を解決して、生産と消費のバランスをとろうとするものです。

 人々がほんとうに必要とし、必ず使うお金であるならば、税として集めて人々に渡すことを怖れる必要はありません。それは、経済を活性化させます。お金は血液と同じで、流れていることが大事なのです。
 税が無理であるならば、消費の側にもお金を創りだして、保有と流通の経路で自動回収するシステムを作ることができます。

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紙幣が価値を持つ理由

2011/09/16 09:49
 紙切れでしかないお金がなぜ価値を保つのでしょうか。このことが不思議でした。

 「金貨と交換します」という兌換紙幣なら金貨と同じ価値を持つことはわかります。でも、現代の紙幣で、金貨との交換を保障しているものはありません。

 不換紙幣でも価値を持てる理由は、お金が生まれるのは銀行が貸し出しをするときである、ということを知ったときにわかりました。

 銀行は、ある範囲でなら、持っていないお金を貸してしまっていいのです。そのときにお金の総量が増えます。

 そんなことをしていいのですか? それで無責任にお金が増えてしまわないのですか?
 お金が無責任に増えることを防いでいるのは、銀行がむやみに貸し出しをすれば、そのお金は貸し倒れになることです。貸し倒れが起こると、銀行は自分の損になります。倒産することもあります。

 貸し倒れにならないように銀行は担保を取ります。返済の裏付けのない貸し出しを、銀行はしません。
 借りる方からすると、ただお金をもらったのではなく、自分の持っている資産を一時的にお金の形に変えているのです。

 現代のお金は、すでにある資産を”流動化”しているものなのです。無から生まれるのではありません。担保があって、それがお金の形になっています。
 つまり、現代のお金の価値を保障しているのは、その社会の資産と経済活動そのものなのです。

 もし、いい加減にお金が創られれば、それはたちまち銀行の不良債権という形で現れます。不良債権を不良債権として処理すれば、つまり銀行がちゃんと損をすれば、無責任に増えたお金はちゃんと消滅します。それで自浄作用が働きます。

 ところが、大問題があります。大銀行を潰すと連鎖倒産が起こって経済活動そのものが破局を迎えます。そのため、小銀行は潰れますが、大銀行は潰すに潰せず、自浄作用がちゃんと働かないのです。大銀行の無責任な貸し出し、つまりお金の創造が、まかりとおってしまうのです。

 大銀行が潰れても大丈夫な社会を創らなければならない。
 ベーシック・インカムはその役割を担うことができます。

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「生産」から「生活」へ

2011/09/10 17:42
 経済的価値を生み出すものはなんでしょうか。
 生産でしょうか。モノやサービスを作る人がいて、それを売って経済が成り立ちます。売り上げの一部が、利益や人件費になり、それで人々は生活します。生産がなければ人件費はありえないのだから、すべての人は生産に寄与すべきです。
 これがいまの常識です。

 この常識は、それ自体は間違っていないと思います。しかし、一面からしか見ていないと思います。
 視点を変えると、ずいぶんと違って見えるものです。生活者の立場から見てみましょう。

 人間は生活するのにモノやサービスを必要とし、それを買うから経済が成り立ちます。消費のために支払われるお金から、仕入れも、設備も、税金もまかなわれます。それで生産が成り立ちます。消費がなければ生産はあり得ないのだから、すべての人は消費に寄与すべきです。すべての人の生活を無条件で成り立たせるべきです。

 生産する人がいるから経済が成り立つのでしょうか。
 消費する人がいるから経済が成り立つのでしょうか。

 どちらも必要です。当たり前ですね。

 現実はどうなっているのでしょうか。先入観を持たずに、「現在の経済は、なにがネックになっているのだろうか」と見てみましょう。日本では、人々が働かないので、モノが不足しているのでしょうか?
 違いますね。モノ不足ではないのです。街を見れば、遊休設備が多いことに驚かされます。コンビニやガソリンスタンドは、出来ては潰れています。100円ショップがあることも驚きです。

 雇われている人たちは、よく働いています。潰れる会社は、従業員が働かないからですか? 違います。生産物が売れなかったからです。商品に魅力がなくて競争に負けたのです。経営者も従業員も一生懸命に働いたけれどがむしゃらに働いただけではどうにもならないのです。

 いま、働いていない人たちが働けば、経済が上向くのでしょうか。でも、いったい何をして働くのですか? 労力さえ投入すればいい生産現場があるのでしょうか。そんな「作りさえすれば売れる」という羨ましい生産現場は、日本にはありません。
 農業時代なら、子どもや老人や怠け者たちまで駆り出して草取りをすれば、それなりの効果はありました。でも、工場や事務所では、子どもや老人にウロウロされたら、かえって生産が落ちます。
 だれでもできる仕事ということだったら、公共施設の清掃ですか? ボランティアの社会奉仕ですか? でも、それに対して給料をあげなければ、その人たちがモノを買ってはくれないから、経済は上向きません。

 ながらく、「生産本位制」と言っていい経済の考え方がありました。生産が価値を生み出すのだから、生産にお金と労力とノウハウを注げば経済はうまくいく、という考え方です。資本主義も、社会主義もこの枠の中にあります。

 しかし、現実は「生活本位制」で考えたほうがうまくいきます。価値を生み出しているのは人々の生活そのものであり、人々が生活することが、モノやサービスの必要性を生み出し、経済を成り立たせています。まず、生活水準を確保しましょう。生産力はあり余っているのです。

 企業に全員でぶら下がって、企業によって食おうとしなくてよろしい。企業は企業の論理に従って、少数精鋭のほうがいい。企業が無能な人間まで抱え込む必要はない。働くのが嫌いな人間は働かなくてよろしい。
 食うことと雇用を切り離す。企業を雇用確保の呪縛から解き放ちましょう。生活者を雇用されることの呪縛から解き放ちましょう。生活はベーシックインカムで最低保障します。

 けっこうなことですね。
 でも、こう述べてくると、どうしても出てくるのが「では、ベーシック・インカムの財源は?」です。たしかに これが大問題です。
 私は、消費税がもっとも筋がよいと思います。ゲッツ・ウェルナーの「すべての人にベーシック・インカムを」(現代書館)の消費税財源論は、納得できるものでした。ベーシックインカムと組み合わせると、「貧者に増税」という消費税の最大の欠点が消えるのです。
 しかし、現実的に、何党の政権でも大増税はできません。やれば潰れます。消費税によるベーシック・インカムの実現は難しいでしょう。

 そのために、第2案として「電子式減価マネー」があります。2年前に発表しました。賛成にも反対にも出会いませんでした。賛成・反対以前の問題で、なにがなにやらわからなかったみたいです。

 その後、研究を重ねました。電子式減価マネーは、優れモノだと改めて思いました。じっくりと、誰にでもわかる言葉を作りだしていくつもりです。

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